固定残業代の上限時間は何時間?
固定残業代(みなし残業代)とは、実際に残業したかどうかにかかわらず、一定時間分の時間外労働などに対する割増賃金をあらかじめ定額で支払う制度です。
「固定残業代は何時間まで設定できるのか」
という質問を受けることがありますが、結論からいうと、
固定残業代の対象時間について、「○時間まで」と定めた法律上の一律上限はありません。
そのため、30時間なら適法、46時間なら直ちに違法という単純な仕組みではありません。
ただし、実際の時間外労働については労働基準法による上限規制があります。
また、80時間、90時間といった長時間の残業を前提とした固定残業代について、裁判所がその効力を否定したり、限定的に認めたりした例もあります。
企業が固定残業代を設定するのであれば、
実務上は原則月45時間以内を一つの上限目安として考える
のが安全です。
なぜ「45時間」が固定残業代の目安になるのか
固定残業代について45時間という数字がよく出てくる最大の理由は、労働基準法36条の時間外労働の上限規制です。
時間外労働は原則月45時間・年360時間まで
法定労働時間は、原則として1日8時間、週40時間です。
これを超えて時間外労働をさせる場合には、労使で36協定を締結し、労働基準監督署へ届け出る必要があります。
現在の労働基準法では、一般的な労働者について時間外労働の上限は原則として、
月45時間
年360時間
です。
さらに、臨時的な特別の事情があり、特別条項付き36協定を締結した場合でも、
- 時間外労働は年720時間以内
- 時間外労働+休日労働は単月100時間未満
- 時間外労働+休日労働は2~6か月平均80時間以内
- 月45時間を超えられるのは年6か月まで
という上限があります。
つまり、
月45時間を超える時間外労働は、本来は「通常の状態」ではなく、臨時的な特別事情がある場合の例外として位置付けられています。
このことから、毎月当然のように60時間、80時間の残業をすることを前提とした固定残業代は、制度設計として慎重に考える必要があります。
※自動車運転業務や医師など、一部の業務には上限規制の特例があります。
固定残業時間と実際の残業時間は別物
ここは非常に重要です。
たとえば、
「固定残業代30時間分」
と契約したからといって、会社が毎月30時間の残業をさせなければならないわけでも、従業員に30時間残業する義務が生じるわけでもありません。
固定残業代はあくまで賃金の支払い方法です。
時間外労働をさせるためには、別途36協定などの要件を満たす必要があります。
また、固定残業時間が30時間であっても、実際の残業時間が40時間になった場合には、
超過した10時間分の割増賃金を追加で支払う必要があります。
厚生労働省も、固定残業代を採用する場合には、固定時間を超えた時間外労働などについて割増賃金を追加で支払う必要があるとしています。
反対に、固定残業代30時間分を支給すると定めているのに、実際の残業が10時間だったからといって、原則として20時間分を翌月の給与から差し引くような制度ではありません。
固定残業代は45時間を超えたら無効になる?
では、
「固定残業代を46時間以上に設定すると違法なのか」
というと、そう単純ではありません。
固定残業代について、
45時間を超えれば一律無効になるという法律や最高裁判例はありません。
裁判では、
- 何時間分として設定されていたか
- 実際の残業時間
- 36協定の内容
- 通常賃金と固定残業代が明確に区別されているか
- 固定残業代が本当に時間外労働の対価なのか
- 長時間労働を恒常的に予定する制度になっていないか
など、具体的な事情を踏まえて判断されています。
95時間分が問題となった「ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件」
札幌高裁2012年10月19日判決では、会社側が職務手当について95時間分の時間外賃金であると主張していました。
裁判所は、この主張をそのまま認めず、当該事案では月45時間分の通常残業の対価として扱い、45時間を超える通常残業などについて別途割増賃金を支払う必要があると判断しました。
この判決は、
「すべての企業で固定残業代は45時間まで」
という一般的なルールを定めたものではありません。
ただ、95時間という極めて長い固定残業時間をそのまま認めなかった裁判例として、制度設計上は重要な意味があります。
83時間分が問題となった「穂波事件」
岐阜地裁2015年10月22日判決では、毎月10万円、83時間相当のみなし残業手当が問題になりました。
裁判所は、83時間という時間数が36協定の原則的な月45時間の2倍近いことなどを考慮し、当該事案の固定残業代について、長時間労働を強いる根拠となるとして公序良俗上問題があると判断しました。
45時間を超えても有効と判断された裁判例もある
一方で、45時間を超える固定残業代だからという理由だけで直ちに無効とはしなかった裁判例もあります。
たとえばコロワイドMD事件では、時間外労働70時間、深夜労働100時間相当の手当について、個別事情を踏まえ、時間数が大きいことだけで当然に無効とはできないと判断されています。
したがって裁判例からも、
「45時間を1分でも超えたら無効」
という明確な線引きが確立しているわけではありません。
ただし、時間数が大きくなるほど、企業側が制度の合理性を説明しなければならないリスクも高まると考えたほうがよいでしょう。
健康管理の面でも45時間は重要な数字
現在の認定基準では、長期間の時間外労働について、
月45時間を超えて時間外労働が長くなるほど、業務と脳・心臓疾患発症との関連性が徐々に強まる
という考え方が維持されています。
また、
- 発症前1か月におおむね100時間
- 発症前2~6か月平均でおおむね80時間超
の時間外労働がある場合、業務と発症との関連性が強いと評価されます。
よく「過労死ライン」と呼ばれる基準です。
ただし、
「月80時間を超えたら直ちに違法」
「80時間を超えたら裁判で会社が必ず負ける」
という意味ではありません。
あくまで脳・心臓疾患の労災認定などで、業務との関連性を評価する重要な基準です。
月60時間を超える残業には50%以上の割増率が必要
固定残業時間を長く設定する場合には、割増率にも注意が必要です。
現在は企業規模を問わず、
1か月60時間を超える法定時間外労働について、50%以上の割増賃金
を支払わなければなりません。
中小企業についても2023年4月から適用されています。
たとえば80時間分の法定時間外労働を固定残業代でカバーするような制度を設計するのであれば、
60時間までと、60時間を超える20時間とでは必要な割増率が異なる
ことにも注意しなければなりません。
単純に、
80時間×時給×1.25
と計算すればよいわけではありません。
固定残業代で最も重要なのは「何時間か」だけではない
固定残業代を有効に運用するうえでは、時間数だけに気を取られないことも重要です。
厚生労働省では固定残業代を採用する場合、
- 固定残業代を除いた基本給
- 固定残業代の対象となる時間数と金額などの計算方法
- 固定残業時間を超えた場合に割増賃金を追加支給すること
を明示する必要があるとしています。
たとえば求人票なら、
基本給:25万円
固定残業代:5万円(30時間分)
30時間を超える時間外労働については別途割増賃金を支給
というように、何に対する手当なのかを明確にしておく必要があります。
単に、
「月給30万円(残業代含む)」
と記載するだけでは問題があります。
基本給と固定残業代を明確に区分する
固定残業代を有効な割増賃金として扱うためには、
通常の労働時間に対する賃金と、固定残業代に当たる部分が判別できること
が重要です。
厚生労働省も、通常賃金と割増賃金部分を判別できるようにしたうえで、固定残業代が法定の割増賃金額を下回る場合には差額を支払う必要があると説明しています。
近年の最高裁判例でも、名称だけ「時間外手当」などとすれば足りるのではなく、その手当が実質的に時間外労働等の対価として支払われているかが重視されています。
そのため、
- 固定残業代の名称
- 対象となる時間数
- 金額
- 計算方法
- 超過分を追加支給すること
を就業規則、賃金規程、労働条件通知書などで明確にしておくことが大切です。
固定残業代は実際の残業時間に合わせて設定する
では、結局何時間に設定すればよいのでしょうか。
企業実務では、
「45時間以内なら何時間でもよい」のではなく、実際に通常発生している残業時間に合わせて設定する
のが基本です。
たとえば実際の平均残業時間が月10時間程度しかない会社が、求人募集の給与を高く見せる目的で45時間分の固定残業代を組み込むことは、制度本来の趣旨からも好ましくありません。
一方で、通常20~30時間程度の時間外労働が発生する職種であれば、その実態を参考に固定残業時間を設定する方法が考えられます。
そして、
45時間を超える設定については、36協定の原則的な上限や健康確保、過去の裁判例を踏まえ、より慎重に検討する
必要があります。
固定残業代の上限時間まとめ
固定残業代については、
「法律で45時間が上限と決められている」
わけではありません。
一方で、労働基準法上の時間外労働は原則月45時間・年360時間までとされ、裁判例でも80時間、90時間を超えるような固定残業時間が問題視されたケースがあります。
ポイントをまとめると、
- 固定残業時間そのものに法律上の一律上限はない
- 実際の時間外労働は原則月45時間・年360時間以内
- 45時間超の固定残業代が直ちに無効になるわけではない
- ただし長時間を設定するほど法的リスクは高くなる
- 固定残業時間を超えた残業代は別途支払う
- 月60時間を超える法定時間外労働は50%以上の割増率が必要
- 基本給と固定残業代、対象時間数を明確にする
- 実際の残業時間に合った制度設計にする
企業側からみれば、
固定残業時間を設定するなら、原則45時間以内を実務上の一つの上限目安とし、さらに実際の残業実態に合わせて必要最小限の時間にする
のが安全です。
固定残業代は「残業代を払わなくてよくなる制度」ではありません。
毎月の給与計算を一定程度簡素化することはできますが、会社には実際の労働時間を把握し、固定残業代を超える割増賃金を正しく精算する義務があります。
制度を導入する場合は、時間数だけでなく、就業規則・労働条件通知書・求人票の記載内容まで含めて設計することが重要です。